私たちの身の回りには、
普段何気なく使っている物から、絵画に至るまで様々な色が溢れています。
私たち大日本塗料が「色」のプロフェッショナルとして
「色」についての色々なお話をご紹介いたします。
16 ポンペイの「ポンペイ・レッド」
ナポリでブランチを食べたら、いざ、出陣!
ナポリから電車に乗って30分ほどで、ここ、ポンペイの地。
ヴィラ・ディ・ミステリ駅で下車したら、目の前に、今では遺跡と化した古代都市、ポンペイのマリーナ門が迎えてくれます。
当時人口1万6000人を超す町は都市計画がなされ、住居はもちろん、2万人収容できるスタジアムなどの娯楽施設、公衆浴場などがあり、馬と人が別の舗装道路や上下水道まで完備されていました。 (西暦79年というと日本では、弥生時代だったんですよ!)
ここには人が集まる教会、パン屋や、居酒屋などの店舗にも美しい壁画が施されていました。壁画は、「ポンペイ・レッド」と呼ばれる赤をたくさん使っています。この赤は鉛を使った赤で、日本でいう鉛丹ですね。 今では人体に有害性があるということから敬遠されていますが当時は、水道管にも使われていたそうです。
でもその赤は2000年の時が経ったとは思えないくらい、鮮やかで美しい色。
その、ポンペイ・レッドが使われた壁画のなかでも、「秘儀荘」のものは世界に奇跡と呼ばせたくらい、良好な状態で残っています。
さて、そんな栄華を極めた、西暦79年8月24日。
生あるものはすべて、永遠ではありません。長い時をかけ築いた繁栄を失うまでの、長く、そして短い一日が訪れました。
暑い日の正午過ぎ、ナポリ湾を見下ろすベスヴィオ火山が、ポンペイの大地を揺らしました。今までに無く大きな地震とともに、市民の頭上にはベスヴィオから上がった巨大なきのこ雲が立ち上りました。
噴火から19時間。逃げ遅れ、息絶えた人は1万6000人のうち、2000人。
容赦なく吹き降ろす高熱のガスにより、逃げ遅れた人々は窒息し、その上から固く降り積もる灼熱の火山灰により彼らの肉体は朽ち、「灰に固められた空洞」だけが残りました。
翌25日、降り積もった灰は、たった一昼夜にして壁画もろとも、ポンペイの都市を完全に覆い隠してしまったのです。
それから1700年もの時を経て、古代都市が永い眠りから覚めます。そこだけまるで時が止まっていたかのように、鮮明な復活を遂げたのです。
研究者たちが地表近くに不自然に出来ている「空洞」に石膏を流し込むと、人々の死の瞬間の姿がそのまま浮かび上がりました。
その数約1000体。家の中で身を寄せ合う家族、子供に寄り添う母親、恋人たちは互いをかばうように抱き合っていました。
ポンペイは享楽の都市とも呼ばれています。無常の現実に贅を尽くし、今の一瞬を享楽的に生きたポンペイの民。一見かみ合わないように思えますが、無常を知るからこそ来ないかもしれない明日を待つのではなく、今を全力で楽しんでいたのかも・・
その血は2000年の時を越え、今も、イタリア人に流れている気がしますね。

【ポンペイ】
イタリア南部に位置する。ローマ帝国は当時、不道徳なものを厳しく取り締まりポンペイに全てのものを移したといわれている。こうして享楽の都市は完成した。1997年、世界文化遺産に登録される。
【鉛丹】
光明丹とも呼ばれており、鉛の酸化物を主成分とする橙色の顔料で、最も古くから優れたサビ止め顔料として使用されている。純度により等級が分けられており、塗料用としては純度の高い特号や1号が使用される。
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